2005年05月23日

喧嘩

山手線の中で喧嘩を始めた馬鹿がいて、すぐに周りの客に取り押さえられた。
肩がぶつかるのぶつからないのというくだらない理由だったようだ。意外とカタギっぽい見た目のその馬鹿は次の駅で相手を威嚇するだけしたあと、また電車に乗っていった。

僕はすこし離れた席に座っていたが、騒ぎが結構近くまで移動してきたので思わず腰を浮かせたが、馬鹿が押さえつけられたのでまた座った。

まあその件はそれだけなんだが、なんというかその際、怒声に反応して身体が戦闘の準備をしているのに気づいて、興味深かったので少し観察してみた。

アドレナリンかなんかの作用で心臓が加速し、体温が上昇して汗が出た。そのほか、皮膚の感覚が微妙に変わったのがわかった。昔どこかで読んだが、こういうときに分泌される脳内物質にはゆるい麻酔効果があって、この状態で殴られてもそれほど痛くないそうである(昔自分がやらかした喧嘩のときのことを思い返してもそれは肯定されるように思われる)。頭の中ではこれから発生しうる事態を想定して、(それが実際に役に立つかはともかく)対応のシミュレーションを繰り返し始める。
5分ほどで落ち着いてきて、妙に高揚した気分は消え、さっきみたいな感覚を「楽しい」と感じていた自分が馬鹿らしく思えてきて、戦闘反応は終了したとわかった。

酒を飲んだ時を思い起こしてもらえればいいが、こういう一連の「モードの切り替え」は、少なくとも観察可能な速度で変化曲線を描くものだ。電気的に「スイッチ」されるのではない。おそらく血流の速度に影響を受けるのだろう。ケミカルな反応だなあと思う。

結局人間の精神なんてのは化学物質にコントロールされているのだな、と体感する出来事だった。
posted by 某ササキ at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月20日

豪屋大介「A君(17)の戦争8」

この文章はなんなのだろう。

確信犯的にメタフィクション表現を使い、何かを語った後ですぐにそのネタをばらしてしまう。
「このキャラはこう言った。しかしそんなことを言ってしまうこいつはつまりなんとかなのであって、だからこんなことを言ってしまうのだ。」というような語り方のスタイルをする。
一種の表現の放棄とも言える。いわゆるブンガクというのはそこを気の効いた表現や登場人物のしぐさの描写なんかで描き出していくのに対して、「こいつはこう考えた。なぜならこいつはこういう立場だったから。だからこうした」とベッタリ書いていってしまう。肯定的に捉えるなら、徹底的な「とにかく読者の共感を得られれば何でもアリ」を最重要視した表現姿勢であるとも言える。
こういう言い方が正しいのかわからないが、たいへん構造主義的な文体(や、作品世界のお膳立て)だと思う。

「この小説ではこんなふうに書いてるけど実際の世界やほかの小説が語るこういうことというのはつまりこれこれの意味なんだよ」という「既存の様式の解釈のしかた」を作者が読者に説明しながらえんえん語り続けるという謎のパネルトーク形式エンタテインメントである。
佐藤大輔を髣髴させる軍事小説の体裁を取りながら、実はスタンスは対極だ。軍事小説はマニア向けだから、読者の知識を問うてやる。いろんなギミックを仕込みながらそれなりの説明しかせず、でも僕はちゃんとわかるんだぜ、という「勉強熱心な」読み手を満足させる。
「A君」は、そういうギミックの一つ一つを出す端から「ほら、君の身近な例で言うとこういうことってあるだろ、あれみたいなもんだ」とどんどん説明していってしまう。「まあほら、こういうこと書くとマニアな人は怒るかもしれないけど、だいたいそんな感じで理解できてればOK」とやる。もちろんマニア向けニヤニヤ要素も大量に埋伏されているので、マニアな人にはそっちのほうばかり目立つようだけれど。じつは逆だ。(「ライトノベル」だから、ってのもあるだろう)。

ところで8巻の発売と同時に新装版になって、挿絵も表紙絵は伊東岳彦で中は似てる絵の違う人、という構成から、どことなく緒方剛志っぽい絵の人に代わった。前のほうが良かったように思うんだが。今度の人はなんかデッサンが微妙だぞ。
posted by 某ササキ at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 今読んでる本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月09日

将の視点、兵の視点

むかーしむかしまだタグ打ってサイト作ってたころ、こういうタイトルのテキストを書いたことがある。

戦後世代の人が太平洋戦争を振り返るにあたって、やれ南雲長官がどうの山口少将がどうの、ミッドウェーで雷爆換装2回もしなければ、とかいういわゆる「将の視点」で語る人と、おらのじっちゃはアジア解放のために戦ったんだとか「兵の視点」に立って戦争を語る人、突然空から爆弾が降って来てみんな燃えてなんでこんな目に、という「民の視点」で語る人がいて、それぞれのスタンスごとに支持するオピニオンは特定の傾向を見せがちである、というようなことを書いた(また、それぞれの思考の土台が違うので容易に会話が成立しない、という「文型理系論」の原型のようなことも書いた)。

現代社会においてこれら「将」「兵」「民」はそれぞれ「経営者」「労働者(被雇用者)」「大衆」に置き換えて考えられる。

今回強調しておきたいポイントとしては、戦争を「将」の視点で語る人が実際には将でないように、実際には経営者でない人も経営者としての視点を持ちうるということで、たとえばそれはホリエモン騒動のときににわか経済評論家がニョキニョキ出てきたあたりが例として挙げられる。

兵士が敵を目の前にして戦局のことを思い悩んでもロクなことがないように、いち労働者である身が自分の会社の経営をああだこうだ考えて良い悪いを言っても不満になるばかりだ。しかし、一兵士もこの作戦はいけるとかまずいとかを「肌で感じる」のであって、とくに小隊指揮官クラスがこれをしっかり把握して行動していると(あるいは把握できるように下が支えると)、戦局全体が改善するケースが少なくない。

要は、最近よくビジネス誌とかSE業界誌なんかに出てくる「経営者的視点」てのはそういうことをいっているんであろう?というようなこと。
posted by 某ササキ at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 長文語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月02日

復刊「ちびくろ・さんぼ」がYahooブックスランキング2位

Yahooブックス
これの絶版問題は日本出版業界が抱える最大の課題のひとつだが、当ブログ的に注目したいのは「読者対象」だったり。
posted by 某ササキ at 10:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 新刊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

職場変わりました

派遣から内勤へ。
ネットが常時見られるようになったので、パチスロ画像ばっかりじゃなくて多少はまともに更新できるようになるかも。
posted by 某ササキ at 09:48| Comment(0) | TrackBack(0) | このサイトについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月27日

北斗緑

image/boussk-2005-04-27T20:52:55-1.jpgでも4連。
posted by 某ササキ at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月26日

思ったこと

不良製品なら買わなきゃいいし、航空会社は変えればいいけど、電車はどうすればいいんだろう?

「事故るかもしれないので、会社休みます」とは言えないし。

引っ越し?
posted by 某ササキ at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月19日

ぼうぼうが死んじゃった

あうー。
日曜の夜に餌あげ忘れた・・・。
かなしい。
posted by 某ササキ at 21:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

満員電車の中で、新興宗教っぽい本を読んでるお姉さんがいた。

「死んだ人には肉体がないので、魂だけで存在しているのです。死んだら残るのは魂だけなので、生きているうちに魂をきれいにしましょう」みたいなことが書いてあった(3大宗教はいずれもそんなことを説いてないので、新興宗教なんだろうと思った)。

こないだお釈迦になったうちのノートPCに入っていたソフトウェアは、ソフトだけになって存在しているのだろうか。
「そんな馬鹿な」。

魂とはなんだ。
肉体というハードウェアなしに存在する「魂」などというものを、とくに立証の必要も感じずに信じる人は、いったいどんな概念を前提としているのだろう。
生まれたときから体内の「魂の座」に鎮座する不変の「己」のイメージだろうか。
だとするなら、「自分」が一個の連続体であると信ずる根拠は何か?

自分はこれまでの過去を全部記憶している、という幻想だろうか。
ちょっとアルコールをとりすぎれば吹っ飛ぶような記憶なんてものが根拠になりうるだろうか。

「たましい」という名は、概念の名前である。
名前があるから、あると信じられるのか。


ことば。
無いものをあることにできてしまうことば。
「真の名」を呼べば、そのものを、物体ではない現象ですらも支配できる、という、世界普遍の呪術。

たとえば「ニート」と名を呼べば、それまで存在しなかった種類の「人種」が生まれ、さもそれが呼ばれる前から存在したかのように振る舞う。

魂。
エーテル。
熱素。
エレメント。
地獄。
天国。
前世。
勇気。
やさしさ。
男気。
世論。
常識。
権利。
正義。
悪魔。
奇跡。
神。

ことばは存在であり、炎のない場所にも立ち昇るけむりだ。
人々は朝靄に触れて火傷をしたと騒ぐかと思えば、ガスバーナーの無色の炎に炙られながら、平然と焼け落ちていくのだ。

ならば前提を疑え。
コンテキストを立証せよ。
データを収集し、統計をとれ。
演繹し、帰納せよ。

海賊の地図、あるいは天竺の教典は存在しない。
僕たちの手元にあるのは、ただコンパスとペンだけである。
posted by 某ササキ at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 長文語り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユリアー!

image/boussk-2005-04-19T19:54:34-1.jpg

posted by 某ササキ at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑音 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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